あ〜あ………木村佳乃が先生だったらオレ、浪人時代、35時間勉強してたなぁ………

あ!い、今の無し!今の無し!!


さて本題

過去の(哲)学者はつまるところ『幸福』といったものを追求していたようです。

それはおそらく文系にとどまらず、理系にもしかりだと思います

キリストが生まれる以前から学問は存在していたようですし、ソフィストからソクラテスへと移行するのを皮切りに学問は発展していった模様ですが、結局は

『幸福』にはどのようにすれば到達できるか=神の国への回帰

のように思えてならないのです

理系の方や、無信教者の方は鼻で笑うかもしれませんが、自分は天地創造主はいてもいいような気がしますし、神は存在してもいいと思います

それに対して過剰な意識や反応はしませんが、それはそれで面白いんじゃないかいなぁと………

さて話は元に

何千年もかけて『幸福』を追求しているにもかかわらず、人類はまだソコにはたどりつけていない模様です

僕らは『幸福』の溢れる世界へいつかたどり着けるのでしょうかね

そんなの存在はしないと言い切ってしまうのは簡単ですけど、「もしかしたら」とか「〜かも…」って方がワクワクしませんか?


♪偶然や必然だけじゃ〜 はかれな〜いだろ〜…



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